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龍の河 第二話

「姫さま?」
ルカが怪訝な顔で自分をみていることに気がついたキャロルは、思わず口に手を当てた。見ると金髪の女も不思議そうな顔で自分を見ている。瞳はエメラルドを思わせる緑色、歳はキャロルより少し上のような感じである。アイシスと同じくらいであろうか。
「何でもないわ。前に聞いたことを思い出して」
古代に来てから何度こういうことをしたかわからないが、一向に進歩のないキャロルである。
「お疲れでしょう、さ」
女は葦を編んだ籠をキャロルたちの前に置いた。中には果物が入っている。干したものも生のものもあり、見るからに美味しそうである。
「ありがとう。私はキャロル、こちらはルカ、よろしく。あなたは?」
女はニヤと名乗った。最初に会った男の妹だという。
必要なものがあれば何なりと、と言い残し、ニヤは出ていった。


「随分東の方まで来てしまったのね」
キャロルは溜め息をついた。
「古代のシルクロード、楼蘭をみれたのは嬉しいけど…」
乾燥地帯ならではの、葉を葺いただけの天井を見上げるキャロルの目は、二十世紀にみた地図をみていた。砂漠、山脈、オアシス、ユーラシアを東西に貫く交易路…。
ここからエジプトまで、一体何千キロあるのか。流れにのってここまで来たものの、どうやって帰ったら良いのだろう。メンフィスは無事だろうか。
「姫さまは、ここがどこかお分かりなのですか?」
果てしない距離に気が遠くなりそうになっていたキャロルだったが、ルカの言葉で現実に戻った。
「ここは、クロライナよ。砂漠の交易で栄えたオアシスの王国なんだけど、エジプトからは随分遠いわ」
「姫さまみたいな人達がいますが」
古代のこの辺りの住民がヨーロッパ系であったというのは、キャロルも聞いたことがあった。
「そうよ。エジプトの人達は私を珍しがるけど、私みたいな人ってそんなに珍しくないんだから」
キャロルはそう言うと籠のなかに手を伸ばし、干し葡萄を摘まむと、それを口に運んだ。
「甘くておいしー‼」
いや、あなたは得難いお方だ、姫。
子供のように無邪気に喜ぶキャロルを見つめながら、ルカは心のなかで呟いた。
これまでに起こした数々の奇跡、しかもこのような絶遠の地の情報にも通じている…あなたはまさに神の娘、唯一無二の存在でございます。
ルカはチラと、寝台の上に長身を横たえて眠り続けるイズミルを見た。彼こそがルカの真の主である。
ルカは眠るイズミルに近づくと、傍らの水差しの水をきれいな麻布に吸わせ、主の唇を湿らせた。キャロルはそっと、ルカの傍らに立った。
「そうね、王子にもお水を。顔も拭いてあげて。脱水症状は禁物よ。人間はね、寝ていても一晩でその水差しくらいの水分を失うの。ましてやこんなに乾燥したところにいるんですもの」
不思議なお方。
キャロルの蘊蓄にルカはうっとりと耳を傾ける。古代人である彼らにとって、キャロルは紛れもなく神なのである。

ルカは砂塵にまみれたイズミルの顔を拭い、少しづつ水を含ませていく。ん…、とイズミルの口からかすかな声が漏れる。
覚醒しつつあるのだ。
王子、今はナイルの姫を手に入れる千載一遇の機会なのです。ナイルの姫を手に入れれば、例え今は徒手空拳であっても民衆は王子を支持するはず。そうすれば、ヒッタイトはむろんのこと、エジプトの玉座も王子のもの!
ルカは心のなかで叫び続けた。
ルカの脳裡に、ヒッタイトの正装をしたイズミルと、その傍らに寄り添うキャロルの姿が浮かぶ。
だがその妄想は、あっさり打ち切られた。

「アグニ兄さん、どうか止めてください!使節団に加わるのは止めて!」
ニヤの声だった。
「使節団は十年に一度あるかないかなんだ。滅多にない機会なんだぞ!」
男の声はいかにも面倒くさげであった。
「生きて帰れるかもわからないのに!兄さんにもしものことがあったら私は…」
「どうしたの?」
兄妹の声を、キャロルの声が遮った。

「殷への使節団ですって!?」
キャロルの顔が一気に明るくなったのを見たルカは、またか、と心のなかで溜め息をついた。
ニヤは無言で頷いた。
「東の方にある大きな国です。このクロライナなど足元にも及ばない、それはそれは大きな国なのだとか。この度クロライナから使節団を送ることになったのですが、遠い上に難路で、これまでの使節団でも何人も道中で倒れているのです。その使節団に兄が選ばれてしまって…」
「俺は行くぞ。なあに大丈夫さ。お前にも絹の布を土産に持って帰ってやるから楽しみに待っているんだぞ」
その言葉に、ニヤは泣き出し、アグニがうんざりした顔で妹を見た、その時だった。
「私も連れてって!」
キャロルの声に、ルカは頭を抱えた。
キャロルは、自分が砂漠の旅に慣れていること、これまでも色々な土地をみてきたことを滔々と語り
「ニヤ、大丈夫よ、私に任せて」
にっこり微笑むキャロルを、ニヤは信じられない思いで見つめた。

「姫、いけませぬ!一人で行くなど…私も一緒にっ!」
残ってイズミル王子の世話をするようにとのキャロルの言葉にルカは血相を変えた。
「姫をお守りするのが私の役目!」
「ルカ、王子が目覚めたとき、誰もいなかったら王子はどうなると思うの?」
諭すようなキャロルの言葉に、ルカはハッとなった。
「ルカ、王子が目覚めたら王子をハットウシャまでお連れして。私のところへ戻るのはそれからでいいわ」
こことハットウシャを往復ってそんな無茶な、とルカが唖然としているうちに、キャロルは駱駝に乗って使節団と共に砂塵の彼方へ去っていった。
「ひ、姫~っ!!」
とルカが霞む影に叫んだものの、時既に遅し。駱駝は見かけより速いのだ。
「…うう」
使節団を呆然と見送るルカの耳に男の呻き声が聞こえた。ルカが振り返るとヨロヨロと立ち上がったイズミルの姿があった。
「ルカ…ここは、どこだ…?ナイ…ルの…姫は?」
歩こうとして崩れ落ちるイズミルにルカが駆け寄った。
「王子!」
「ナ…イル…の…うっ」
イズミルの端正な顔が苦痛で歪み、乱れた髪がフードから零れる。ヒッタイト風のトーガに隠されてわからないが、イズミルの体は満身創痍なのだ。特に、右肩に受けた謎の怪我は、元々屈強であった彼の体を深く蝕んでいた。
「お、王子~‼」
なんて運のない人なんだろう。本当の主の無惨な姿に、ルカは涙を禁じ得ない。


続く?
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