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十五歳 vol.2

ヴァカンスの話にあまり嬉しそうではなかったジョーのことが、南部は気掛かりだった。
元々ジョーは、それほど南部になついていたわけではなかったが、この頃はろくに会話もしていない。
難しい年頃である。仕方ない面もあるだろう。
南部の周囲にも、思春期の子の扱いが大変だと嘆く人間は多い。
南部自身にしても、その年頃には家族を鬱陶しく感じていた記憶がある。
既に研究の道に入っていたこともあるが、家族と過ごすより自分の世界に没入していたかったものだ。
だが、家庭的にはごく一般的な環境にあった自分の少年時代に比べるとジョーを取り巻く環境は過酷で、それ故に南部も頭を悩ませていた。
ジョーは彼自身の資質以外、何も持っていない。
今のジョーには、南部という縁もゆかりもない男以外に庇護してくれる人間もいないのだ。
赤の他人とはいえ、子供をそんな状態にすることに、南部とてためらいがなかったわけではない。
七年前、偶然助けたジョーの処遇について、治療中から南部はあらゆる道を検討した。初めは、引き取る気などなかったのである。
施設にいれることや、然るべき家庭の養子にする道も探ってみた。
だが結局、南部はジョーを手元に置くことにした。
引き取って自分自身で養育するという方法を選んだのである。


無条件で慈しんでくれた親も、温もりに溢れていたであろう家も何もかもを一瞬にして喪った上に、自分も瀕死の重傷という、ゼロ以下のマイナス状態で世の中に放り出されたジョーが不憫でならなかったというのもあるが、心にも体にも深い傷を負ったジョーのケアを自分自身で行い、不幸を乗り越え成長していく姿を傍で見届けたい、という医師且つ科学者としての思いも強かった。
そして、ジョーの出自に対する不安もあった。
ジョーの両親が偶然の事故で命を落としたのではないことは明らかであった。一家皆殺しである。尋常ではない。
あのとき、現場近くにいた人間は少なくなかったはずだ。銃声と爆発音はかなりの範囲で聞こえていただろう。
にも関わらず、現場に駆けつけたのは、よそ者である自分以外は警官と役場の人間だけだった。
彼らは、ギャラクターという名を口にした。この一家は彼らに逆らったため消されたということらしい。
ギャラクターが怖いのか、彼らは早く現場を片付けたがっていた。倒れている少年のことも、確認もせずに死んだものとして扱っていた。もし、南部が居合わせなかったら、ジョーはなんの手当ても受けられないまま命を落としていただろう。
南部は、国際医師免許を提示したうえで、その場で少年を診察し、まだ息があることを確認した。そして、露骨に不満そうな様子を見せていた警官たちを無視し、治療のため少年を抱えてその場から去ったが、その前に少年の姓名を確認した。
彼らは答えを渋っていたが、公文書を書くのに必要だと言ったら、この子の名前はジョージで姓はアサクラだ、と役場の人間が教えてくれた。
この地域にしては変わった名前だと思ったが、追求している余裕はなかった。
一刻も早く島を出る、と南部は決断した。
島に来るときにチャーターした船のオーナーに連絡を取り、大至急迎えに来てもらった。
ジョーには手持ちの道具で応急措置を施し、病院に着くまで持ちこたえてくれることを祈った。
行き先は、イタリア側ではなく、対岸のチュニスを選んだ。チュニスには国際科学技術庁の支部がある。
支部の医療施設での治療によりジョーは一命をとりとめた。
だが、危険が去ったわけではない。
この子を島に戻すわけにはいかない、島に戻れば命はない、と南部は確信していた。
いや、島に戻らなくても、生きていることがわかったら命を狙われるだろう。外部の施設や一般の家庭では、何かあったときにこの子を守れない。
何も知らぬままベッドに横たわるジョーを見ながら、南部はジョージ・アサクラの死亡届を出したうえで、全く別人として彼を自分の手元で育てることの決意を固めたのだった。

それからは、試行錯誤も多かった。
そもそも独身の男が子供を引き取って育てるということじたいが世間では奇異に映るらしい。南部がそのことを思い知った出来事がある。

ジョーを引き取ってから暫くたった頃、極秘で情報収集をしているレッドインパルスの隊長から定時連絡があった。
その日の彼の態度は、妙だった。
「博士、子育て中と聞いたが、さては隠し子かい?」
からかうような口調だった。
南部もムッとして
「拾った子だよ。話したろう?殺されそうになっていた子供を助けたと。人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ」
と、憮然として言い返したのだった。
「それは失礼した。南部博士もすみに置けないなと思っていたんだがね」
フフフ、と面白そうに言うのがまた腹立たしい。
「しかしなんだね、子育てっていうのは楽しいものだろう、ん?」
それは、図星であった。子供が育っていく様を見るのは、どんな研究よりもどんな冴えた論文を読むよりも面白い経験であることを、南部はジョーを育てるなかで実感していた。
「お陰様でね、日々充実しているよ」
「どうだい、子育ての楽しさを知ったついでに、その優秀な頭脳の遺伝子を遺すことを考えてみないかね?博士のことだ、相手の当てがないってことはあるまい?人の親になって博士がどう変わるのか、是非とも拝見したいね」
これは単にからかわれているのか、自分が任務のために人としての幸せを捨てたことのアピールか。
それとも、子供と会えないのが寂しいとでも言うのか。
今更何を、と言いたかった。
……私は君に強要なんてしていない。むしろ君は喜んで危険な任務に飛び込んでいった。美しい妻と、彼女によく似た可愛い盛りの息子を、君は大してためらいもせずに捨てたではないか。君はそういう人間なんだよ……。
いくらなんでもそれは口にしなかったが、腹が立ったので、いい加減にしたまえ、とだけ言ったように記憶している。

レッドインパルスがそんなことを言ったのはその時だけだった。
音声だけの通信だったので、様子は推測するしかないが、少し酔っているような感じであった。それは、酒には滅法強い彼らしくないことである。
余程飲んだのか、或いは怪我でもして、意識が朦朧となるような強烈な痛み止めでも服用していたのかもしれない。
いずれにせよ正気の発言ではなかったのだろうが、それだけに彼の偽らざる本心のように思えた。
その言葉は刺さったまま抜けない棘のように、何年も経った今でも時折思い出したように忌々しく痛み出すのだ。



続く。




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